透明な微笑

是非、来てください。


ディスプレイを前に一つ息を吐いた。
画面の端で、新着を告げるアイコンが点滅してるのに気づいていながら、画面を切り替えはしない。
スクロールバーを操作する指先に軽く力を加えてみせる。

かち。

かちり。

指先でマウスを操作して、もう一つ。
誰も居ない部屋に溜息が零れる。
口唇に触れて逃げていった吐息は見えない。
触れた感触だけが、ちりりと上唇に残った。


是非、来てください。


目だけを動かして、もう一度文面を追う。
言葉は音となり、脳裏に彼女の姿が浮かび上がった。

嫌いではない。
嫌う程の労力を割く相手ではない。

そう。

別に嫌いな訳ではない。
出逢えた事には感謝するけれど、好きな訳でもない。
特別であって、無縁の存在。

ただ。

煩わしいだけ。

ちらりと、視線を床に落とした。
帰宅するなり、放り出した郵便受けの中身。
ダイレクトメールと広告のチラシに混じって、一際色鮮やかなオレンジ色の長三封筒。
開封せずとも中身の分かるそれを、手に取る事もせず、ただじっと見つめる。
表に書かれた自筆の宛名。
彼女自身が書いたのだろうか。
分かりきった問いかけを頭の中で考える。
答える者のないクエスチョン。
見慣れた漢字を視線でなぞる。
自分とは全く違う筆跡。


先約があるから。


そう伝えたはずなのに送られてきた招待状。
二日続けて留守番電話に残されていたメッセージ。
聞かなくても分かる内容に、形ばかり耳を当てて聞き流した。
再生される声は、数ヶ月ぶりに聞いた筈なのに目の前に持ち主が居るかのような錯覚を覚えさせる。
無視しても構わない。
自分に言い聞かせてみせても、胸のしこりは消えはしない。

重く蟠る感情。

優柔不断の末路。

はっきり断れば良かったのに、そうしなかったから。
封筒を前にして、責める声。

どうして、考えてみるなんて書いてしまったのか。

どうして。

再び視線を封筒に向ける。
一瞥すると、ゆっくり手を伸ばした。

ぴり。

静かに封を切る。
セロテープで留められただけの簡易包装。

ぴりりりり。

綺麗に裂かれていく、一筋の道。
脆く切り裂かれる関係は、二人の象徴のよう。

はらり、と滑り落ちた2枚のチケット。
チラシと一緒にクリップ留めされたそれの表に押された、ご招待の文字が薄ら寒い。
印鑑の朱肉だけが浮かび上がる。
手に取って、印字された文字に目を落とした。


間もなく閉演のベルが鳴る。
降りた幕の向こうで、彼女が寂しげに笑っていた。