灰白色の境界

フィクションで流す涙は偽物。


冷たい瞳で笑う。
口許を微かに持ち上げる。
動かない表情。
笑っているのかいないのか、実のところは判断できない。

どうして泣けるの、そんなコトで。

笑みが深まる。
見知った顔。
けれども霞がかった記憶はその素性を教えてはくれない。

偽物よ、そんな涙。

手にした文庫を一瞥して、冷たい瞳が笑った。
笑った。
それとも泣いているのか。
ガラス玉のような無機質な瞳。
何も映してはいない。

だったら。

つと、口唇が動く。
無意識。
歩き出した背中を思わず呼び止めた。

だったら、本物の涙は何。

悔しいのか。
哀しいのか。
曖昧な感情。
理性とは対極に存在する本能が身体を支配する。
口唇が言葉を紡いでいく。

本物は何。

ざわり。
風が凪いだ。
にこり、と笑んで振り返る。
髪が流れた。
肩より下まで伸びた長い黒髪が、動作に従って宙を舞う。

さあ。

口唇の端を歪めて笑う。
冷たい笑み。

知らないわ。

感情の篭もらない声。
冷たい瞳が笑ったまま。
綺麗な笑み。
冬の空のように冴えわたる。
触れたら切れてしまう。
ぴんと尖った氷柱の先端。
降りそそぐ陽光に溶かされて、雫が落ちる。
落ちる。

大体、

空気を伝わる振動。
紡がれた言葉。

本物なんて存在するの。

語尾に含まれた疑問。
視線が問いかける。

ねぇ。

ねぇ。

答える言葉はない。
沈黙。
静寂。
絡まる視線を振り解く。
絡みつく糸から逃れて、息を吐く。
一つ吐く。
そして吸う。
繰り返す。
吐き出した息と一緒に零した言葉は、風に攫われた。

笑いながら泣く。
泣きながら笑う。
哀しすぎて涙が零れないから、自然と緩んだ表情は笑みを浮かべたように見えるだけ。

非独立な感情。

従属した存在。

ああ。
ふと、気がついた。
ゆらりと揺れる姿。
線が走る。
斜めに走る。
ノイズが邪魔をする。
ゆっくり息を吐き出して、もう一度視線を上げた。
世界が歪む。

そこで、目が覚める。
急速に覚醒する意識。
身体を起こす。
掛け布団が落ちた。
頬を伝う涙を手の甲で拭って、人気のない室内を見回す。
暗闇。
静寂。

ああ。

私はゆっくり息を吐き出した。