好奇心














 二階へ行ってはいけないよ。


































 階段を昇ってはいけないよ。


































 耳の奥にこびりついて離れない言葉。
 何度となく言われ続けたそれは、何故、という追求さえも呑みこんで、こくりと首を縦に振らせる。
 たとえば、此処が物語に出てくる魔女の住む森の中の古城だとか言われていたならば、行ってはいけない、という一語はそれだけで総てを物語るに違いない。
 けれども、残念なことに此処は森の中の城でもないし、私も物語の主人公ではない。
 それにも関わらず、反論の余地を許さずに言い含められてきた言葉。
 毎日、毎日。
 此処へ来た日から見上げ続けた階段。正面にドアが一つ。その前に通路があって、左右にさらに部屋が二つ。
 夜の騒がしさとは対照的に、日中は無人となった建物の中で、足音がやけにはっきり響く。
 古い板の間がみしりと哭いた。

 今なら誰もいない。

 耳許で囁くのが誰かなんて気にしなかった。
 誰もいない建物に一人。目の前には上に続く階段。
 囁く声に身を委ねて、躊躇いもなく足を上げる。よく遊ぶ広場に積まれたブロックよりも段差は小さい。
 ちょうど胸の前にある段に手をついて、一段よじ登った。這うように片足ずつ持ち上げる。
 みしり。
 両腕は顔の前。片足を宙に浮かせると、残ったもう一方の膝の下で板張りの段が悲鳴をあげた。
 びくりと首を竦めて、一瞬、硬直する。

 大丈夫。

 声に出さずに言い聞かせた。

 大丈夫。

 昼にはまだ早い時間。
 祖母は裏口から出た先の南の畑に出ているし、表玄関を挟んだ反対側にある書斎に朝食の後すぐに籠もった祖父は、昼過ぎにならないと出てはこないことを随分前から知っていた。
 そして。
 上の階の住人は、今は誰もいない。
 板張りの段が軋む音を聞きながら、ゆっくり片足を上げる。べったりと胸を段につけて、よじ登る。
 どくん。
 どくん。
 指の先、一本一本から跳ね上がる鼓動の響きが伝わってくる。感じたことのない興奮に、脈打つ鼓動がさらに早まる。
 片腕を上げて、もう一つ上の段に手をかける。
 みしり、とまた板が哭いた。
 ふと下を見ると、床との間は、すでに五段近かった。曲げた膝を伸ばしても、爪先は空を切るだけで、床には全く触れない。
 どきどきする。
 見つかれば叱られると知っていて尚、止められない欲求。
 そこは、禁忌の領域。
 さらに一段、上に手を伸ばす。
 板に指先が触れたその時。


 家中に電話の音が鳴り響いた。


 空気を震わせて、階段下の電話が呼び出し音を連呼する。
 掴み損ねた一段上の板から目を逸らし、一段下へと足を伸ばす。
 破裂しそうな心臓の鼓動としつこく鳴り響く電話の音が争うように木霊する音を意識の遠くに聞きながら、音を立てないように足許を確保するのに集中した。
 いつ書斎の扉が開いてもおかしくない中、鼓動はかつて感じたことがないほど、早鐘のように脈打つ。
 あと一段。
 両足の指先が、一階の床に着いたのとほぼ同時に、鳴り響いていた電話がぱたりと静まった。
 書斎の方をそっと伺って、扉の開く気配のないことを確認する。
 ぴったりと閉めきられた扉は、かたりとも動く様子はなかった。
 足の裏に感じるミニマットの毛の感触。
 ゆっくり息を吐き出した。

































「二階に上がってないだろうね」
「うん」




























 儀式のように問いかけられた言葉に、今日も同じ返事を一つした。